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ブルー・エンジェル


《 第3章 配属刑事 》

 惑星ソロボア唯一の観光スポットであり、大きな州のひとつでもあるイルルヤンカ州。
 その中央都市タオ・シティの東部に位置するイルルヤンカ州警察は、朝からにわかに浮き足立っていた。
 銀河連邦地球本部から、刑事が派遣されてきたことがその理由のひとつ。
 だが、原因はもっと別のことにあった。
 もっともその原因を作ったのは、当の刑事自身でもあったのだが…。

「辞令、右の者、佐倉丈。並びに沖田そうしを<ブルー・エンジェル>事件早期解明の為、同事項の捜査に特命派遣する者なり。銀河連邦・地球本部」
 総監室で州警察総監オルランド・レイニーが、地球本部から派遣されてきた、二人の日本人の男を前に辞令を読み上げた。
 そして再度、二人の顔をじろりと一瞥した後、別の紙をデスクの上から取り上げ、それも続けて読み上げた。
「エアカー三台、エア・バイク五台、加えてスーパーマーケット一店舗。何かわかるかね」
「ああ」と、ドロップ・タイプのアンバー・サングラスをかけた、腰まで届く長い髪の男がうなずいた。髪の色は黒に近い。
「ここに来る途中、クラッシュさせた品々だ」
「御名答。ではさっそくだが、君達の初仕事としてこの書類に必要事項を記入して提出してくれたまえ。君達の配属は……連邦軍の特別のご要請に従い、タオ・シティ署の中央をセクション・プロミネンスだ。事件の詳しい説明はプロミネンスの方で受けてくれたまえ。私は失礼する」
 総監オルランドはそう言うと、書類を接客用のテーブルの上に投げ出し、隣のプライベート・ルームへ逃げるように去っていった。
 テーブルの上に投げ出された書類を、沖田そうしと呼ばれた、一見筋肉質タイプの口ヒゲをはやした男が取り上げる。
「これ、始末書だぜ。C…D…」
 書類を手に厭そうな表情で振り向いた彼は、ギョッとしたように、相棒の佐倉丈を見つめた。
 佐倉丈――通称、C.D(クラッシャー・ダンディー)――がポケットから取り出したタバコG-Grを口にくわえたまま、フィルターをギリギリと噛んでいたからだ。
(また、オレが始末書全部書くのかぁ)
 沖田そうし――通称、総司――は、始末書をうらめしそうに眺めるとうなだれた。
(ただでさえ休暇返上で荒れてるっていうのに、今、こいつ怒らすとやばいよなぁ……。あーあ、禁煙の総監室でG-Grなんか吸い始めた)
 CON! CON!
 軽いノックの音がして、ドアが開いた。見ると、ひとりの若い男が立っていた。
「失礼します」
 C.Dや総司よりも年下に見える若い警官が、立っている二人に向かって最敬礼をした。
「佐倉丈さんと沖田そうしさんですね。タオ・シティ警察へお二人を案内するように申し受けました」
 若い警官は頬を紅潮させながら、連邦軍地球本部より派遣されてきた、二人の刑事を尊敬のまなざしで見つめた。
 総司は、軽くため息をつくと、背を向けたままG-GrをふかしているC.Dに声をかけた。
「C.D、お迎えだってさ」
「ああ…」
「ところで君の名前は?」
「はい。タオ・シティ署の第七セクション・マリオネットのフィル・トゥサーです。よろしくお願いします」
「へぇー若そうに見えるけどいくつだ?」
「は、はい。二十三歳です」
「二十三歳か、オレより二つ下なんだ。C.Dも似たようなもんだよな…。あ、オレは沖田そうし、通称・総司っての、こっちは佐倉丈、C.Dっていって…クラッシャー・ダンディの略なんだ」
「は、はい」
 フィルはC.Dが振り向くのを待って、今入って
きたドアを再度開いた。
「御案内します」
「行くぞ、総司」

 フィルの運転するエア・カーが、約一時間後に、タオ・シティ警察に着くと、C.Dは案内をフィルにまかせ、総司の前を歩き出した。
 廊下の突き当たりのエレベーターに乗り込み、フィルが三階へ上がるボタンに手を触れた時、相変わらずG-Grを口にくわえたままのC.Dが、フィルに訪ねた。
「ひとつ聞く。どうしてプロミネンスの人間でないお宅が来たんだ?」
「そ、それは…僕にはよくわかりませんが…。あ…の…プロミネンスの人たちは皆さんお忙しいからだと…」
「ほー」
 C.Dが煙を吐くのとほぼ同時に、エレベーターのドアが開いた。 
「あ、つきました。この階の部屋です」
 フィルは助かったという顔をして、エレベーターから降りた。廊下の左を折れ、ずっと突き当たりの奥のドアの前で、フィルはわきへ寄ると、二人のためにセクション・プロミネンスのドアを開いた。「課長、佐倉丈さんと沖田そうしさんをお連れしました」
 ふいに室内の雰囲気がザワついた。
 広い室内の奥の、中央デスクに座っていた中年の男が立ち上がった。いかにも中年管理職の中年小太りを地でいってるな、と総司が思っているうちに、三人のそばまで自ら歩み寄って来た。
「話は総監より伺っています。私はここのセクションの課長のボエリー・ランドです。あ、フィル、ご苦労だったね、君は戻ってもいい」
「はい、失礼します」
 フィルが敬礼をして帰って行くと、ボエリーはC.Dと総司の二人を部屋へ招きいれた。そして、デスクのそばの来客用のソファの座るようすすめてから、自分も向い側に座った。
 C.Dと総司は、自分達を後ろから見つめている刑事達の視線を感じ取っていたが、課長のボエリーはその様子を知ってか知らずか、穏和そうな様子で二人に話しかけた。
「長旅でお疲れでしょう。本当に御苦労様です」
 C.Dと総司は思わず顔を見合わせた。本当にこいつが課長か? 警部か? といった顔つきで。
 C.Dは長くなった灰を、テーブルのガラスの灰皿へとんとんとたたいて落とした。
 総司がボエリーの三段腹に思わず目を止め、あわてて目をそらしている。
「署へ来る間に何か事件があったようですが…まぁ、ハプニングはいつ何処で起きるかわからないものですから」
 ボエリーは顔に合ったのんびりとした口調で前置きをしてから、C.Dが二本目のG-Grに火をつけ終わるのを見て、本題に入り始めた。
「“殺し屋ブルー・エンジェル大量殺人事件”
についての説明は、お二人はもう御存じだと思いますが…」
「念の為、もう一度聞いておきたい、お宅の口から直々ににな」
 C.Dは隣でやたらに後ろの連中を気にしている、総司を無視しながら言った。
「わかりました、御説明しましょう。今回のこの事件、つまり半年前からタオ・シティ警察管轄内で起きている大量殺人ですが、ここ半年間で十五人の市民がブルー・エンジェルという殺し屋の手によって命を断たれています。
 被害者はいずれも普通の一般市民でして、これ以上の殺人はくい止めなければならないのですが、何しろ相手はブルー・エンジェル。証拠である銃弾以外、目撃者もおらず、手がかりもが全くないのが現状です。まったくもって捜査がはかどらないのです」「で、オレ達が呼ばれたわけかぁ。殺し屋ブルー・エンジェルといえば、宇宙をまたにかけた有名になりつつあるプロの殺し屋……。この裏には雇い人がいるはずだ。となれば、連邦軍も放っちゃおけないわけだ」
「そういうわけです」
 総司のセリフにボエリーがうなずく。
「で、オレ達は何をしたらいいの?」
「殺し屋ブルー・エンジェルとその裏で操る人物を単独捜査による逮捕、やむを得ない場合は射殺の行使も許可がおりています。あくまでも非公式な別動隊ということです。もちろん我々も捜査を引き続行し、情報もすべてお渡しします」
 ハンカチで顔から吹き出す汗を拭いながら、ボエリーは立ち上がった。
「お二人のデスクを用意しておきました。どうぞこちらです」
 C.Dと総司も立ち上がると、ボエリーが幾つかあるデスクのそばまで行くのを目で追っていた。
 おもむろに二人の視界に四人の男の姿が入る。 先刻から物音ひとつたてずに二人を凝視していたであろう刑事達だ。
 しかし、C.Dと総司が自分達の方を見た時には、そんな雰囲気はみじんも感じさせないのんびりとした空気が漂っていた。四人の男達は席を立つと、C.Dと総司の方へオーバーなジェスチャーをまじえながらやって来た。
「やあ、ようこそ我、プロミネンスへ」
「よろしくな」
「あんたハンサムだね」
「署内は君達の噂でもちきりだよ」
 四人はそれぞれに言うと、自己紹介をはじめた。
 まず最初に名乗ったのは、額の広い黒ぶちめがねをかけた三十代後半の男だ。
「私はスティール。課長補佐だ、よろしくな」
「俺はベルガーサだ。よろしく頼む」
 四人の中でベルガーサと名乗った男は一番背が高かった。百八十五@近くはありそうながっちりとした体格をしている。次にブロンド・ヘアーで顔中ソバカスだらけの、サルを連想させる男がC.Dをまじまじと見ながら言った。
「おいらはボブ。よくガキ扱いされるけど、これでも二十八歳なんだぜ。それにしても…あんた、カッコイイねぇ。スーツなんかこうビシッときめちゃってさ、おいらそーゆーのって憧れるぜ。だってよぉ」「ボブ、あんまり話してくれると僕の番がなくなる」 黙っていればひたすらしゃべり続けていそうなボブを制して、茶がかったストレートの金髪を首元できれいに切りそろえ、猫のような目をした男が静かに笑った。
「僕はフラッカソ、ボブとは同期でもある。期待してるよおふた方。え…っと、何と呼べばいいかな?」
 フラッカソが総司の方を見る。
「あ、オレは総司。で、こっちはC.D、クラッシャー・ダンディの略」
「俺の仮デスクを教えてくれ」
 C.DはG-Grをそばの灰皿に押しつけると、四人の間を通って、デスクの前につっ立っているボエリーに向かって言った。他の刑事など眼中にないといった様子だ。
「ああ、そうでしたね。佐倉さんの机は、ここの左端、沖田さんの机はその向い側です」
 ボエリーが言い終わらないうちにC.Dは自分用
にあてがわれた机の椅子を引いて座り、三本目のG-Grを吸い出した。
 とたんに、また四人がC.Dの回りに集まってくる。総司も仕方なくC.Dの向いの席についた。
「おいらの席はC.Dの隣の隣で、C.Dの隣はフラッカソ、その向かいで総司の隣はデカのベルガーサーで、次はスティールなんだぜ」
 サル顔のボブのおしゃべりに、C.Dがポツリと言った。
「地球から来た刑事を向かえにこれないのも道理だ。ずいぶんと忙しそうだな」
「え…」
 瞬間、ボブら四人は気まずそうにお互いの顔を見ていたが、すぐにスティールが弁明を始めた。
「いや、そう言うつもりではなかったんだけど、俺たちもたった今戻って来た所でね。わざわざ、俺たちの未熟さのために、地球から派遣されて来たエリート刑事さんに悪いことしてしまったな…」
「別に構わないが、俺は派遣されて来たとは思ってないんだ。少なくともな」
「え?」
「辺境の土地へ左遷、もしくは島流しにあってる気分だ」
「C…、C.D…」
 机の向こう側で総司がぱくぱくと口をあけている。
「おまえはさっさと初仕事にでも取り組んでろ。俺は銃の手入れで忙しいんだ」
 C.Dはそう言うと、背広の内側の胸脇のホルスターからコスモガンを取り出し、始末書の作成に苦悩している総司をながめつつ、くるくると銃を回し始めた。
 一方、C.Dに無視された四人の刑事は、ため息をつきながら各自のデスクにつき、ブルー・エンジェル事件の書類を手に何やら仕事をし出したようだった。が、C.Dには四人の意識が自分達に向いているだろうことを予想し、銃をホルスターにおさめると、隣の席のフラッカソにボソっと低い声で言った。
「マス・コミにこの事件はたたかれてないのか?」
 フラッカソは少し驚いたようだが、猫のような目で書類を追いながら返した。
「もちろんたたかれているよ、最初の被害者からずっと」
(最初っから? 何故?)
 C.Dが聞く前に、フラッカソは自分から説明をしだした。
「地獄耳と千里眼を持ってるんじゃないかってほどの人間が外部にいるんだ。もちろんどんな奴か、仲間内でも簡単にわからないらしいけどね。ひょっとすると君達の事も、すでに知ってるかもしれない。でもC.D、君達がそいつと接触して、押さえれば……いちいちうるさいマス・コミの干渉もかなり減るのだろうけどね。意外と、犯人についての手掛かりさえもっているかもしれないと言われている」
(うまいエサを与えて、自分達の仕事に干渉させないようにしたい…って言うのが本音だろうに)
 C.Dはフラッカソの差し出したガラスの灰皿にG-Grを押しつぶしながら、話の続きに耳を傾けた。
「昼すぎからジャーナリスト関係あたるといいんじゃないかな。何か得られると思うよ」
「ああ」
 返事と同時に他の三人が、わずかに緊張の糸をゆるめたのを、C.Dは見逃さなかった。


(4章に続く)



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